大先輩の弁理士先生から最近面白い判決が出たよ~と教えて頂いたので、さっそく検討してみました。
外国語特許出願(=PCT国際出願からの国内移行出願)について、特許後に訂正審判で誤訳訂正しようと試みて失敗したケースです。外内特許案件に携わる人であれば誰でも遭遇しうる怖いケースだと思います。

【本事件の背景情報】
★事件番号:平成27(行ケ)10216
http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/098/086098_hanrei.pdf
★特許番号:第5584706号
★PCT国際出願番号:PCT/EP/2010/051957
★訂正審判番号:訂正2014-390211

【法律上の背景】
★特許が成立した後に誤訳等の訂正を行う場合は、「補正」ではなく、訂正審判等により「訂正」を行う必要があります。
★訂正審判等により「訂正」する場合には、特許法126条等の制約を受けます。すなわち、
◎訂正の目的が
・特許請求の範囲(クレーム)の減縮、
・誤記又は誤訳の訂正、
・明瞭でない記載の釈明
に限られ(126条1項各号)、更に、
訂正が、特許請求の範囲(クレーム)を実質上拡張し又は変更するものであってはならない(126条6項)のです。

【本事件の概要】
特許権者は、特許成立後にクレーム等の誤訳に気づいたようで、誤訳を訂正すべく、訂正審判を請求しました。

すなわち、訂正前の「前記作用成分がスルホン酸、燐酸、カルボン酸及びこれらの酸の塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤」を「前記作用成分がスルホン酸、ホスホン酸、カルボン酸及びこれらの酸の塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤」に訂正しようと試みました。(なお、本事件の「原文」はドイツ語のPCT国際出願明細書で、上記下線部の原語はドイツ語の「Phosphonsaeure」です。)

訂正審判において、特許庁は、「『燐酸』を『ホスホン酸』に訂正することは、特許請求の範囲を実質的に変更するものであって、特許法第126条第6項に規定する要件に違反する」と判断し、訂正を認めませんでした

それを不服として、特許権者は、審決取消訴訟を提起しました。

知財高裁は、訂正を認めなかった特許庁(被告)の審決に誤りはないとして、特許権者(原告)の請求を棄却しました。判決文から、ポイントを抜粋しました。

・「本件特許のような外国語特許出願においては,特許発明の技術的範囲は,翻訳文明細書等…を参酌して定められ,原文明細書等は参酌されないから,126条6項の要件適合性の判断に当たっても,翻訳文明細書等…を基礎に行うべきであり,原文明細書等を参酌することはできないというべきである。」

・「原告の主張するように,同項の要件適合性の判断に当たり原文明細書等を参酌することができると解した場合、…第三者に過度の負担を課すものであって不当であることは明らかである。」

・「特許権者は自らの責任において誤訳を含む翻訳文明細書等を提出し,その後も誤訳の訂正を目的とする補正を行う機会が与えられていたにもかかわらず,その機会を活かすことなく,誤訳を含んだまま設定登録を受けて,特許権を発生させたのであるから,…特許権者が一定の不利益を被ることがあったとしてもやむを得ないものというべきである。」

【考察】
怖いなぁと思うのが、「外国語書面出願(PCTであれば外国語特許出願)であれば、いつでも、自由に、誤訳訂正ができますよ~」というイメージが先行してしまっている点です。(そんなイメージないですか?少なくとも翻訳者の間ではそういうイメージが少なからずあるのではないかと思います…。私だけかしら?)

確かに、本件審決・判決の判断は妥当だと思います。誤訳訂正という目的のために、特許後にクレームの範囲がコロッと変わってしまったら、第三者は不測の不利益を被るでしょうし、第三者に原文まで監視しなさいと強制するのも酷だと思います。(特に本件なんて、原文がドイツ語ですし。)

一方、特許権者だって、特許後にクレーム中の誤訳に気づいて、これを訂正したいと思うこともあるでしょう。

しかしながら、特許後にクレーム中の誤訳に気づいて、これを訂正したいと思ったとき、多くの場合、その誤訳訂正はクレームの範囲を変更するものになるでしょうから、そうすると、現行の特許法の下では、特許後にクレーム中の誤訳訂正をすることは至難の業と言えるのではないでしょうか。

現行の特許法では、特許後にクレーム中の誤訳を訂正したいという特許権者(翻訳者?)のニーズに応えることはできないと思うので、例えば下記のように特許法を改正したらいいのかなぁと思ったりします…。

★米国のようなReissue制度を導入する。
★誤訳訂正によりクレームの範囲が拡張・変更された場合において、訂正が確定する前に実施していた第三者を救済するための通常実施権を設ける。(判決文の中に示唆がありました。)

それより何より、初めから誤訳をしないように気合を入れる、というのが一番大事なのでしょうかね。

【おまけ】
ちなみに、「特許情報プラットフォーム」の「ワン・ポータル・ドシエ」から、各国ファミリー情報を見ることができて便利です。
下記ページで、「種別=特許公報」「番号=5584706」と入力すると、US・EP・WO等の対応情報を見ることができます。
https://www10.j-platpat.inpit.go.jp/pop/all/popd/POPD_GM101_Top.action