日本語の特許クレームを英訳していると、独立クレームで単数だった構成要素が、従属クレームでいつの間にか複数形になっている──そんな場面、わりとよくありませんか?
そして、「これ、英語でどう訳そう……?」と毎回悩むことに。
少し前の話になりますが、2024年後半に参加したセミナー(どこのだったか失念してしまいました…)で、面白い訳し方が紹介されていたので、今日はそれをシェアしたいと思います。
ケース例で考えてみる
例えば、次のようなクレーム構成だとします。
-
【請求項1】…ドアと枠との間に設けられた蝶番…
-
【請求項2】…前記蝶番は木製である請求項1記載の…
-
【請求項3】…複数の前記蝶番を備える請求項2記載の…
これを素直に訳すと:
-
Claim 1: …a hinge between a door and a frame
-
Claim 2: …according to claim 1, wherein the hinge is wooden
さて問題の Claim 3 は、どう訳すのがよいでしょうか?
よくあるけど曖昧な例
例えば、
Claim 3: …according to claim 2, comprising a plurality of hinges.
これだと、“a plurality of hinges”が請求項2の木製の蝶番を包含するのかどうか不明ですよね。
では、こういうのは?
Claim 3: …comprising a plurality of the hinges.
これも、“the hinges” という複数形の先行詞が前にないので、antecedent basis の問題があるとされるそうです。これはそのセミナーで講師をされていた米国特許弁護士の先生からの指摘でした。
さらに:
Claim 3: …comprising a plurality of hinges including the hinge.
これも、複数の蝶番のすべてが木製かどうか不明確だそうです。個人的には、ここまでくるともう翻訳の域を逸脱している気もします…。
なるほど、こう来たか
で、その講師が紹介してくれたのがこちら:
Claim 3: …comprising a plurality of instances of the hinge.
この表現なら、
-
“the hinge” は Claim 2 の木製の蝶番を指していて(先行詞の問題がクリアできる)、
-
“instances of” によって、その木製蝶番の複数個があるということが明確になる。
とのこと。
私自身はこの表現を使ったことがなかったのですが、後日気になって調べてみたら、Amazon Technologies(Amazonの子会社)の米国特許で実際に使われていました:
-
Claim 1: A storage module configured to store inventory items…
-
Claim 14: A storage system … comprising: a plurality of instances of the storage module of claim 1…
まとめとちょっとした問いかけ
この “a plurality of instances of X” という表現、なかなかうまい解決策にも思えますよね。正確さも保てるし、先行詞のルールもクリア。
ただ、ほかの米国弁護士の方がどう評価されるかも気になるところ。(私はちょっと使う勇気がない。)
もしこれに関してご存じの方がいれば、ぜひ教えてください!
追記:
ほかの対処法はないかと調べていたら、こんな方法もありました。
Claim 1: A cable system comprising one or more cables…
Claim 2: The cable system according to claim 1, wherein the cable system comprises a plurality of the cables…
こちらの訳し方だと、先行詞の問題も単数複数の問題もクリアできますし、”instances of”という余計な語(限定?)を入れる必要もないし、すっきりしそうです。
ほかにはこんな例もありました。
📄 US10847753B2 (Samsung Display)
Claim 1: A display apparatus comprising…a blocking member…
Claim 7. The display apparatus of claim 1, wherein the blocking member comprises a plurality of the blocking members.
米国で特許が認められているので、この表現でもいいんですね。