明細書で「並置する」という用語を見かけました。せっかくなのでブログネタにしてみようと思います。
ある用語を翻訳する場合、単に和英・英和辞書のエントリをそのまま使えばいいのではなく、原語の意味をよく考えた上で、原語の意味内容を表せるような訳語を選ぶ必要があると考えています。(当たり前ですけど…。)
本件の明細書では、「並置する」という用語は、定義されていないものの、文脈から考えると「複数の部材Xを隣り合うように並べて配置する」という意味で使われているようです。部材X同士は、くっついていても、少し離れていてもいいようです。
本当にこういう意味でいいのかどうか、まず、日本語の辞書で「並置」の意味を調べてみます。広辞苑第5版には次のような定義があります。
並置: 二つ以上のものを同じ所に置くこと。また、同時に設けること。(『広辞苑』(第5版)より) |
う~ん、明細書で使われている意味とちょっと違うような気がします…。(とりあえず、内部証拠(intrinsic evidence)の方が優先すると考えて、明細書中の意味で考えるものとします。)
「並置する」の英訳としてパッと頭に浮かぶのは「arrange X side by side」なのですが、和英辞書を見ると「juxtapose」なんかもあります。それぞれの意味を色々な一般的な英語の辞書で調べてみると、概ね「juxtapose: to place close together or side by side, especially for comparison or contrast」とか「side by side: beside one another; next to each other」という意味に集約できそうです。juxtaposeには「比較する(for comparison or contrast)」というニュアンスが含まれていそうですが、どちらも「近くや隣りに置く」という意味のようです。「並置」の訳語としては、両方とも使えそうな気がします。
ほかにも色々訳し方はあると思いますが、「juxtapose」と「arrange X side by side」に絞った場合、どちらを使ったらよいのか。「Side by side」や「juxtapose」という用語の解釈がこれまで裁判等で争われたことがあるかどうかを調べてみることにします。今回はこちらの資料を使ってみました。Public Patent Foundation (PUBPAT)に無料公開されているGarrod Glossaries of Judicial Claim Constructionです。
http://www.pubpat.org/garrod-glossaries.htm
裁判におけるクレーム用語解釈は、事件毎に個別具体的に行われるので、用語の意味を直ちに一般化することはできませんが、裁判で争われた解釈を参考にするのは一定の意味があると考えます。
「Juxtapose」に関しては、例えば次のように解釈されたことがあるようです。(ほかにもあります。)
・”juxtaposed relationship” — “next to but not necessarily touching.”(Taltech Ltd. v. Esquel Enterprises Ltd., 410 F. Supp. 2d 977)(太字は筆者による)
・”juxtaposed” ― “placed close together or side by side.” (Samsung Electronics Co., Ltd. v. Tessera Technologies, Inc., 2004 U.S. Dist. LEXIS 31074)(太字は筆者による)
「Side-by-side」に関しては、例えば次のような解釈が行われたことがあるようです。(ほかにもあります。)
・”side-by-side” — “arranged linearly along the width dimension.” (Schindler Elevator Corp. v. Otis Elevator Co., 2010 U.S. Dist. LEXIS 2463)(太字は筆者による)
・”side-by-side” — “one beside the other.” (Von Holdt, et al. v. A-1 Tool Corp., et al., 636 F. Supp. 2d 726)
Juxtaposedが争われたSamsung vs Tessera判決では、「juxtaposeはside by sideのみを意味する」とのSamsungの主張が退けられて、特許公報に記載されている実施形態(例えば、二つのチップ間に別の層が配置されている構成)が含まれるように「placed close together or side by side」と解釈されたようです。Juxtaposeが常にこのように解釈されるとは限りませんが、少なくとも実施形態に、二部材がくっついている構成と互いに少し離れている構成が記載されているなら、「placed close together or side by side」とか「next to but not necessarily touching」と解釈してもらえる可能性があるように感じます。
一方、side by sideについては、「arranged linearly along the width dimension」というように、方向の限定が含まれてしまう可能性も否定できないように思います。「縦方向に並置する」などという和文があった場合にはどうなのかなぁ、などと考えてしまいます。
…というような感じで、原語の意味を捉えた上で、できるだけ適切な訳語を選択する努力をする、という地味な作業を日々繰り返しています。