9月16日に『米国出願のための特許明細書の起草と翻訳のコツ』と題したセミナーに参加しました。講師は特許翻訳者の中山裕木子先生と、パテントエージェントのブラッド・コープリー先生。講演内容を詳細に記載するのは問題があると思うので、面白いと思った点について自分なりに考察してみました。

まず、よく、米国出願用明細書ではthe (present) inventionとの文言は限定解釈を招くから避けましょうと言われると思います。その理由を(恥ずかしながら 😳 )深く考えたことがなかったのですが、コープリー先生によると、米国の明細書ではof the inventionという用語が「クレーム全体に係る」と解釈されてしまう虞があるとのことです。

例えば
-独立請求項1が「印刷装置」(上位概念)に係り、
-従属請求項2が「プリンタ」(下位概念)に係り、
-従属請求項3が「コピー機」(下位概念)に係る出願があったとします。

そして明細書の中に、「本発明の印刷装置の一実施形態である、本発明のプリンタ」という和文記載があったとします。

これを、「The printer of the present invention, which is an embodiment of the printing device of the present invention」と英訳してしまうと、独立請求項1を含め、全ての請求項が「プリンタ」に関するものであると解される虞があるというのです。

ほかには、「extremely important」などの用語を使用する際にも注意が必要とのお話がありました。例えば、明細書中で「extremely important」と強調した構成がメインクレームに記載されていない場合、メインクレームが明細書にサポートされていない(written description要件違反)と判断される虞があるのだそうです(Tronzo v Biomet事件)。(ただし、この事件はどうも特殊なようで、狭すぎた親出願を広げようと子出願をしたけれど、狭い親出願の明細書をそのまま子出願で使ったため、広い子出願のクレームが狭い親出願の明細書によってサポートされていないと判断されたようなので、全ての案件にこの事件の解釈が直ちに適用されるかどうかは微妙なところなのかなぁと思います。)

ほかに注意を要する用語としては、preferablyやcriticalやessentialが挙げられていました。

パリルートでの米国出願の英訳を依頼された場合や、PCTバイパス出願の英訳を依頼された場合には上記のような要注意語を上手く避けて翻訳するのがベターだなと思いました。

一方、PCT出願を普通に米国へ国内移行する場合(非バイパスの場合)にどうするか。例えば、上述した例において、「本発明の印刷装置の一実施形態である、本発明のプリンタ」という和文をどのように訳したらいいのでしょうか。

上記の例では、「プリンタ」は本発明の印刷装置の一実施形態なので、米国のプラクティスに照らせば、単純に「本発明の」を省略して「The printer, which is an embodiment of the printing device of the present invention」と訳すのが良いのかもしれません。

でも、このように訳すことは、PCT出願の翻訳文として許容されるでしょうか?

米国国内移行用の翻訳文について、MPEP 1893.01(d)には次のように規定されています。
「…a translation that includes modifications other than changes that have been properly accepted under PCT Rule 26 or 91…is unacceptable.」
「Amendments, even those considered to be minor or to not include new matter, may not be incorporated into the translation.」
つまり、米国国内移行用の翻訳文においては、軽微な補正や新規事項追加にならない補正であっても、翻訳文に含めることはできないとあります。

すると、あくまでも私見ですが、「本発明の」という和文記載を省略してしまったり、例えば「an embodiment of the invention」とか「the present disclosure」とかに修正したりすることは、本来は許されないような気がします。

ただし、この辺の判断は、お客様(出願人・案件担当者)次第なのかなという気もします。お客様が、MPEPや米国プラクティスを全て勘案した上で、「本発明」という語は「an embodiment/aspect of the invention」とか「the present disclosure」と訳してくださいと仰るなら、その指示に従えばよいと思います。(逆に、何も指示がないのに、翻訳者の判断で修正訳をおこなうのはちょっとリスキーかなと思います。)

余談ですが、日本特許庁の審査基準が昨年改訂されたため、PCT出願を日本へ国内移行する場合、日本語への翻訳は、原文に対して新規事項を追加するものでなければOK(原文に対して新たな技術的事項が導入されていなければ拒絶・異議・無効にはならない)というになります。